« 何故人は壊れるのか | トップページ | ひぐらし »

広島原爆の日

今日は出勤。
なので黙祷をしている時間は無かったのだけれど、今日が何の日だったかは忘れていない。

遠い地の出来事のように感じていた広島での出来事。
数年前に偶然行くことになり、記念館とドームを見た記憶は、強烈に焼き付いている。

芸術的にも見えるようなドームの佇む姿。
その姿から何を感じるか、感じられるかは、生きている人々の心にかかっていると思う。
感じられなければ、それは只のガラクタになってしまう。

広島に原爆を落としたアメリカ人の子どもは、何故アメリカ駐日大使が式典に参列したのか、あのとき原爆を落としたことは間違ってないのに何故参列するのかと憤りを語ったらしいという記事を読んだ。

あのとき落としたことの賛否については、この際どうでもいいと思う。
大事なのは、これからどうするかじゃないか?
原爆を落とした人の、精神的苦痛が如何なるものなのか、『正しい』と思うことでしか心の平安を保てない程の罪悪感があったのかもしれない。
でもそれでは、今後変わっていけないと思う。
謝ることはしなくていいと思う。
ただ、悲惨さを受け止めて欲しい。
そのときの辛さを少しでも知って欲しい。
そんな風に思う。

私も…知らなければいけない。
沖縄と広島には行くことが出来た。
いつか、長崎にも行きたいと思う。

|

« 何故人は壊れるのか | トップページ | ひぐらし »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 何故人は壊れるのか | トップページ | ひぐらし »